2006/03/20

誠実と正直

神に対しては、できる限り正直でありたい。
人に対しては、できる限り誠実でありたい。


『7つ習慣』のコヴィー氏によれば、
正直というのは「言葉を現実にあわせること」であり、
誠実というのは「現実を言葉にあわせること」なのだそうだ。


もちろん、正直であろうとするなら、誠実であることも求められるし、
誠実であろうとするなら、正直であることも求められる。
それぞれの言葉の解釈には、いろいろな考え方があるだろう。
しかし、意識のレベルであえて適切に使い分ける事によって、
心の動きを訓練する事が出来るかもしれない。


神に対して、私が行なうべき大切な事は、祈りである。
「みこころにかなった祈りをすれば聞かれる」という言い方を時々聞く。
頭のいい人は、そこで「ふむふむ、じゃあこう祈ればいいんだな」と、「みこころにかなった祈り」をささげはじめる。しかし、現実には何がみこころなのかは、祈る前には実際には分からないのだ。
だから、自分自身の偽らざる感情、個人的な願い、希望や不安など、神の前にはなるべく包み隠さず祈るようにしよう。そうでないと、神との関係が建前だけになってしまう。そして、生身の正直な自分自身が生きている現実の場に、神を迎え入れることができなくなってしまう。

人に対して、私が行うべき大切な事は、適切なコミュニケーションである。
「お互いの間は何の偽りもない関係を持とう」というのは、気持ちのいい考えだ。でも、互いに正直であるという事は、それを受け取った人の正直な感情をも受け入れるということだ。内容によっては、どちらかがグッとこらえる事なしに事態が収拾しないことも多いのではないか。それでも、一方的に正直であろうとするのは、単に「自分を受け止めて欲しい」というメッセージに成り下がってしまう危険性がある。だから人との関係においては、正直である以上に、誠実さが求められるのだ。自分自身で限度を認め、それを表現し、それに忠実である事。これらを皆、愛をもって行なっていくのだ。

このブログで行おうとしている「自己対峙」は、実際には神と交わる事によってのみ可能になると思う。神の前には必然的に正直でなければならないのだ。
人を意識して書き始めると、適切な自己対峙が出来なくなってしまう。このブログは「自分自身の自己対峙のプロセスを人前にさらす」事が益になり得るという希望をもってやっている。だから、多少は人をも意識している。でもその意識の仕方は、他の人に誠実であろうとすること。そういう訓練でもあると思う。


と、長々と書いたが、要は「しばらくブログ更新できなくてごめんなさい」ってことです!
別に書く事が負担なんじゃなくて、神の前に正直に出れてなかったのかなぁと思います。実際には、ここ一週間ぐらい、本当に体調が悪くて、目眩がしたり、体中がダルかったりしてました。やるべき仕事があって、休み休みはやっているけど、久しぶりに抱えた目に見えるストレスで、あっさりやられちゃってるだけなのかも知れない。でも、とにかく、あまり正常な状態ではなかったという事だけは確かだと思います。

とりあえず、今日医者行ったら、前回の血液検査の結果からビタミンB12が少ないので、注射して薬を出しましょうということになった。ビタミンの注射なんて、気付け薬みたいなものですが、結構体は楽になった気がします。
おまけに、母も「そんなことじゃないかと思って」と言っておいしい肉を買ってきてくれた。これだけおいしい料理をバランスよく気を使って母が準備してくれているのだから、栄養失調(去年なった)とか、ビタミン不足というのはちょっとおかしい。
やっぱり、腸の働きの方なのかな。やっぱり吸収が悪いのかな・・・。なんて考えるが、とりあえず、体力が回復してくれるのを待つのみ。

主よ。本当に情けないです。
体力も精神力も、ボクがこうであって欲しいと願うレベルにはほど遠い気がします。
それなのに、あなたの前に強がってみたり、人に甘えてみたり。
どうか、私の存在そのものが、あなたの生きた交わりの中に歩む事を
心から喜ぶ事が出来るようにさせてください。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

けんぢくん、からだ、たいへんだね。
おかあさん、ありがたいね。

いつか、栄養のこと、
いろいろ話したいです。
一緒に元気でワーシップな生活を続けたいもんね!

さとけん さんのコメント...

しょうこちゃん、ありがとう!
からだが資本なんだよねー。いろいろ教えてください。
ワーシップな生活(=食べる事)ということを教えてくれたしょうこちゃんなので、聞く耳を持たなくては^ー^

匿名 さんのコメント...

さとけんは、言葉にするのを難しい心や霊の世界を、きれいに整理して見せてくれるね。言葉を使うけれども、言葉に踊らされたり飲み込まれたりしない。言葉を上手に道具として使ってる。

体、たいせつにしようね。お互いに。たまには美味しいもの食べよう♪あー、また会いたいよー!