「痛くないと思うけど、パキッと音がするよ」
そう言うと先生は、直径2~3mmぐらいの注射針をボクの目の前に差し出した。おもむろに右の鼻の穴に差し入れると先生は立ち上がり、左腕ですばやくボクの頭を抱きかかえるようにして固定した。
「音がするよ」
不覚にも先生の言葉に、心が動揺していた。音がするなんて、聞いていない。さっきまで、あんなに平静だったのに、一気に胸の鼓動が高まった。とたんに、逃げ出したいような衝動にかられた。
だいたい、とても麻酔が効いているようには思えない。
こんなに意識がはっきりしているじゃないか。それまでの時間にやった事と言えば、鼻の穴に細長い包帯を詰め込んで20分ほどじっとしていただけだ。その包帯を、するすると抜き取った時だって、はっきりとした感覚があった。普通、麻酔をすれば、もう少し朦朧とするものではないのか。
先生はボクを見て、ニヤッと笑った。うん、確かに笑ったと思う。
ボクは身をすくめた。
先生の指先に力がこもる。
いや、指先というよりも、腕全体だ。
先生の腕と一体になった針が、ボクの脳天にむかって押し付けられた・・・。
「ンゴグァギッ!」
ヴッ。
気持ち悪い。
数滴、緑色の液体が零れ落ちたかと思うと、ボクの鼻先からは赤みを帯びたドロッとしたものが垂れ下がった。ちょうど・・・、色や質感はイカの塩辛といった感じだ。
確かに、思ったほど痛くはない。しかし・・・、痛くない分、その頭蓋骨に響いた鈍い音は、背筋を凍らせるようなものだった。
数人の看護婦がボクの周りに集まっている。
格好悪い。
この人たちには、ボクはどのように映っているのだろう。
鼻からイカの塩辛をぶら下げた男。
絶対に、街中で不意に出会ったりはしたくない。
先生は注射針の反対側に、生理食塩水の入った容器を取り付け、針先からボクの頭蓋骨の中にそれを流し込んだ。目の奥や奥歯が、内側から圧迫されて痛い。先生はさらにボクの頭蓋骨の中の圧力をあげた。破裂する・・・。鼓膜も押し破られそうだ。そういえば、パスカルの法則ってのがあったっけ。確か、どの部分の圧力も一定になるってやつ・・・。
そんな、どうでもいい事を考えていると、先生が言う。
「かなり堅くなってるな。シゼンコウが塞がってる。切開しなきゃダメか・・・。」
おい、おい。そんなぁ。今さら、切開はないでしょ。
と、思った瞬間。
「あ、抜けた」
鼻からは、さっきのイカの塩辛が押し出され、透き通った水が一気に流れ出た。
ああ・・・、カ・イ・カ・ン・・・。
後は予定通り、薬の入った液体をそこに流し込み、処置は終了のはず。
・・・と、思ったら、先生はボクの頭を両手で押さえ、右へ・・・、左へ・・・。
そう、ボクの頭は先生の手の中でなされるがままにシェイクされていたのだ。
ああ、無情。
ボクは、この処置を馬鹿にして、「オレ、脳みそシェイクするんだ」と茶化していたのが、本当にシェイクされる事になるとは・・・。ボクは看護婦さんたちの目には、「イカの塩辛を鼻から出して、脳みそシェイクされた奴」として一生記憶されることだろう。
こうして、無事に上顎洞洗浄の処置は終わった。
空っぽになるって、気持ちいい。
ボクはただ、黙って身を差し出しただけだ。
今日はゆっくり眠れるかな。
でも、あの音だけは忘れられなさそうだ・・・。
6 件のコメント:
あの、さとけん、これは・・・ほんとの話? 怪奇映画とかの宣伝じゃないよねぇ・・・ ひぇぇ 注射も嫌いなのに。。。 そんな手術をのりこえたさとけんはほんとすごい、将来有望だと思う!!! はれるや!
恐い恐いこわいこわいこわーーーーーーい。
なぐさめの言葉もありません。
でも、すっきり快感はわかります。
いやぁ・・・・。
読み物としては相当おもしろいけどね。
お祈りしてたよー!
そして、この先も炎症などおこさず、
きれいに治ることを祈ります。
がんばれ!
かっつん!
うひゃぁ、こんな事で将来有望だと言われるなんて、なんだか嬉しいね!ありがとーーーーっ!
mary chikagamiたつみちゃん。
お祈りありがとう!心強かったです。
むやみに恐がらせてごめんねー。
なんというか、あの「音」っていうのが体験としてかなり印象的だったので、単なる報告ではなくて物語的にしてしまいました。
たぶん、実際にはたつみちゃんの治療の方がもっとこわーいものだったと思うよ・・・。
このままスッキリするといいな。
たつみちゃんのためにもお祈りしてます!
うわうわうわ〜!! たいへんだったねえ!
えいぢさんも鼻がいつもたいへんそうだから、
すっきりしたら、ほんとにうれしいだろうなあ。
早くよくだれ(田村正和風)。
田村正和さん、
どぅぉうもぅ、あでぃがどっ!
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